「偶然なんて、大嫌い」




空は清々しいまでに晴れて、夏の日差しが大地に惜しげもなく降り注ぐ。
けれど暑い、というほどの気候でもなくて、ロンドンの街にはそれなりの人が行き交っていた。

「んー、良い天気」

晴れ渡る空を仰いで、少女は思い切り深呼吸した。
肩から滑り落ちる髪は銀色で、瞳は空よりも深い海の底を映した色をしている。

「こんな日に空を飛んだらきっと気持ちが良いんだろうけど…」

日の光に目を細めながら少女―――モモコ・ヒュウガは溜息混じりに零した。
マグル出身の彼女が纏う服はもちろん完璧なマグルのそれだ。
誰も今のモモコを見て、魔法使いだなどとわかる人間はいないだろう。知り合いでもない限り。
呟きに溜息が混じったのにはわけがある。
モモコは飛行術が大の苦手だった。箒で空を駆る感覚は好きだが、何せバランス感覚が皆無といって良いほどなのだ。
授業で落ちそうになった事は数知れず。
だが、彼女が憂鬱になったのは、それをきっかけに別の事を思い出したからだ。
箒から落ちそうになる度、ありがたくも狙ったように毎回助けてくれるある男―――少年と呼ぶべきか―――の顔を思い出してしまったから。

「やだ、やだ。ホグワーツを離れてまで思い出すなんて」

思い切り顔をしかめて、モモコは浮かんだ映像をかき消すように顔の前を手で扇いだ。
自分の学校生活を乱す憂鬱の種から離れられる唯一の安寧の時。それが彼女にとっての夏休みだった。
思い出した顔を綺麗さっぱり消し去って、モモコは足取りも軽くロンドンの街を歩いていった。




人込みを縫って、モモコはマグル界の友人との待ち合わせ場所を目指す。
女の子がいかにも好みそうな、可愛らしい喫茶店の前がその場所だ。
ロンドンの中心から少し外れているため、そんなに人は多くない。

「あ、見つけた」

喫茶店の前の友人を見つけて顔を綻ばせ、モモコは手を振ろうとした。
そうして、そのまま固まる。

「嘘でしょ、何で?!」

悲鳴混じりに呟いたモモコの視線は、友人ではなくその先を見つめている。
周囲をつまらなそうに見ながら歩いている少年。整った容姿と不可思議な紅色の瞳、それは見間違いようもなくモモコの頭痛の元たる少年だった。

「モモコ、こっちよ!」

呆然としていると、モモコを見つけた友人が嬉しそうに声を上げた。
その声を捉えて、少年がこちらを向き、驚いた表情を浮かべる。
演技とは思えないその様子からは仕組んだとは考えられない。彼―――トム・マールヴォロ・リドルはしばし目を丸くした後、確かに微笑んだのだ。
良い玩具を見つけた、と言わんばかりに。
顔を強張らせたまま、友人に近づく。

「どうしたの、変な顔して…」
「え、あ、何でも―――」

ない、とモモコは言おうとしたが、その瞬間肩をポンと叩かれて、続きは喉の奥に引っ込んでしまった。
振り向かなくても、自分の後ろの辺りを見上げて顔を赤らめている友人を見れば、いや、何も見なくても後ろにいるのが誰なのかわかる。

「やあ、モモコ。偶然だね」
「……絶対会いたくなかったのに」

笑みを含んだ声をかけられて、モモコは憮然とした声を漏らす。

「友達?」

モモコの不機嫌な声が聞こえたはずなのに、さらりと無視してリドルはモモコの友人とモモコとを交互に見つめた。
友人の目が、紹介してよ、と輝くのに泣きたくなる。
肯定も否定もせずに黙っていると、リドルが柔らかく笑った。

「待ち合わせ、してたんだったら悪いんだけど、モモコ、借りていっても良いかな?」
「…あ、ええ、どうぞっ」

ちょっと待ってよ、とモモコが口を挟む隙もなく、友人が顔を真っ赤にして答えてくれた。

「ありがとう」

にこりと微笑んだリドルは優雅そのものだったが、モモコにはいつものように悪魔のようにしか見えない。
けれどしっかり友人は陥落したらしく、紅く染まった頬を抑えて俯いてしまった。

「ちょっと、リドル!どういうつもりよ!!」
「ん?…こういうつもり、だよ」

憤慨して叫んだモモコの肩を掴んでリドルは笑い、そのまま口付けを落とした。
怒りのあまり力の抜けたモモコの身体を軽く支えて、リドルはモモコの友人に笑いかける。

「じゃあ、そういう事で」

はたはたと手を振るリドルに、友人は呆然としながらも律儀に手を振り返していた。
引きずられるようにリドルに連れられながら、友人が自分とリドルの関係をどう誤解したかを、リドルがどう誤解させたかを思い、モモコは深々と溜息をついた。

「何でロンドンにいるのよ。仕組んだとか言ったら引っ叩くわよ」

力なくモモコは呟いた。仕組んでくれていた方がマシかもしれないと思いながら。

「人聞きの悪い事を言わないで欲しいな。偶然だよ」
「…どうだか」
「これはあれだね」
「何?」
「運命ってやつだよ」
「こんな運命、わたしは後免だわーーー!!」

心底楽しそうに笑ったリドルに肩を抱かれたまま、モモコは人目も気にせず思いっきり叫んだ。




後日、「恋人を紹介して」という友人からの電話を受けて、モモコは安らぎの場所が最早失われた事を認識した。
モモコ・ヒュウガが安息を得る日は―――――来ないのかもしれない。





あとがき
3万HIT、御礼企画リクエスト八個目の作品です。リクエストは日向・D・桃子さんより。

『夏休みにロンドンでばったり主人公とリドルが会うお話。ギャグ編リドルのヒロインで』という事で、こんな話になりました。
ついにマグル界での安らぎも失っちゃいました。哀れなり。
リドルがこの出会いを仕組んだのか否かは、まあご想像にお任せします。

こんなの出来てしまいましたが、お気に召さなかった場合は書き直しますので、遠慮なく言って下さいませ。
リクエスト、ありがとうございました!!

***

月詠様素敵な夢小説有難う御座いました!
とても面白かったです。予想以上のものを書いていただき本当に有難う御座います

日向・D・桃子はサイト移転前の私のHNです。


無断転用転写は止めて下さい。


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